招待状が届いた日 〜 平行線の場合 〜



「リイチロー、いる?」

カレッジの研究室の入り口から、ぴょこっと顔をだした金髪の美人ににわかに研究室が色めき立つ。

もうすっかりお馴染みな反応に、黒峰理一郎は眉間にしわをよせて自分のデスクを立った。

「何か用か?アニー。」

「もちろんよ。今はお時間とれない?」

理一郎は一瞬腕時計に目を落とした後、そっけなく言った。

「30分だけなら付き合おう。それ以上は裂けない。」

「OK!十分だわ。行きましょう。それじゃ、皆さんリイチローを借りるわね。」

パタン

「せ、先輩!あの美人一体誰です?」

二人を見送った直後、新座の研究者の1人にそう聞かれて、理一郎とも付き合いの長くなりつつある古参の研究者は苦笑した。

「ああ、お前はまだ見たことがなかったんだな。
彼女はMissアニー。ご両親はいないらしいんだけど、裕福なお祖父様がいるらしくてな。頭もいい。」

「それはわかりますよ。クロミネさんと対等に話してる女の人なんて初めてみましたから。」

「そうか。どうだ?チャレンジでもしてみるか?」

八割方からかいとわかる言葉に、新座の青年は顔をしかめた。

「だめですよ。俺だってわかります。・・・・あの人、クロミネさんに惚れてるんでしょう?」

「ああ。よくわかったな。上出来だ。」

よしよし、と彼の頭を撫でて古参の青年はふと窓の下に視線を落とした。

ちょうど下に辿り着いたらしいアニーに引っ張られて理一郎が渋々出ていく所だった。

彼は面白がるような、溜め息をつくと呟いた。

「どうするつもりなんだろうな。あいつは・・・・」










「それでアニー、こんな所に引っ張ってきてなんの用なんだ?」

初夏の陽射しがきらきらと降り注いでいるオープンカフェを「こんな所」と称するのは理一郎ぐらいだ。

しかしアニーは少しも気を悪くしたようすもなく、ハンドバックから1通の封筒を取り出した。

「これ私の所に2通届いたの。貴方ったら『彼』に連絡先教えてこなかったのね?」

『彼』が誰の事を指しているか彼女の視線で気付いた理一郎は、封筒を受け取るとひっくり返す。

薄いピンクの封筒に、几帳面な『彼』 ―― 高屋敷昴の文字で彼の名前と、もう1人、梨本つぶらという名が記されていた。

「・・・・思ったより早かったな。」

封を開けなくても中身がわかってしまって、理一郎は言った。

几帳面に封を切ると、中の白いカードを引き出す。

あの二人にしては、スタンダードな白い花のすかしのあるカード。

二つ折りのそれを開いて、理一郎はくっと笑った。

(ああ、やはり苦労しているようだな。高屋敷。)

幸せそうな笑顔でつぶらに手を取られている高屋敷の目元には、くっきりと殴られた痕。

それでもいっこうにそれを気にした様子もなく、彼女の肩を抱いている青年は自分の記憶に残っている彼よりもずっと精悍になっていた。

・・・・ふと、理一郎は視線を感じて顔を上げた。

と、向かいのテーブルからカップごしに気遣わしげな視線とぶつかった。

「なんだ?」

「あ、ごめんなさい。なんでも・・・ないの。」

慌てて視線をそらすアニーを見て、理一郎は苦笑した。

余計な心配をしている事など一目瞭然だ。

「別に、たいしたことじゃない。とうの昔に予測済みだ。」

なんの含みもなく、そっけないほどに無造作に言われた言葉なのにアニーは明らかにほっとしたように、息をついた。

「そう。よかった。」

「・・・・・・・・・・」

無言で理一郎はコーヒーを1口飲む。

「それにしてもタカヤシキは、大変だったみたいね。つぶらは天の邪鬼だって聞いているけど、この傷はそのせいじゃないわよね。
でも、幸せそうでよかったわ。
もちろん結婚式には行くわよね?タカヤシキはタキシードが似合いそう・・・・」

「アニー。」

いつも通りいきおいよく話し出したアニーの言葉を理一郎は静かにさえぎった。

はっとアニーが顔を上げた。

その表情にかすかな怯えを見て取って、理一郎は溜め息をついた。

(やはり知っていたのか。)

「私は結婚式には出られない。」

「どう・・・して?」

見上げてくる視線にはいつもの聡明で、どこか挑戦的な光はなく、妙に頼りなげでこれから言われる言葉を恐れているように見えた。

それでもそろそろ言わなくてはならないと思っていた。

理一郎は、先を続ける。

「この頃は、ちょうど今している研究が佳境だ。それが終わったら、私はC国のカレッジの研究室に招かれている。」

「・・・・そう。」

アニーは目線をカップに落とす。

彼女にはこれが最後通告に聞こえているのかもしれない。

でも、彼が伝えたいのはこれだけではなくて・・・・

「わかったわ。私だけで結婚式には行って来るわね。それじゃ、連れ出してごめんなさい。」

目を伏せたまま早口にいって、席を立とうとするアニーの手を理一郎はあっさり捕まえた。

驚いたように振り返ったアニーの瞳から雫が舞う。

(まったく、私はこういうのは得意ではないのだが・・・・)

もう一度溜め息をついて、理一郎は言った。








「だからパートナーとして、君もこないか?」








きょとん、とアニーは目を見開いた。

「・・・・ごめんなさい、リイチロー。意味がわからないわ。」

「だからパートナーだ。恋人でもなく、友人でもなく。」

淡々とした理一郎の言葉にアニーは、泣いたらいいのか笑ったらいいのかわからないように複雑そうな表情をする。

「わからないわ。貴方は誰も必要としないんでしょう?私が必要なんて、そんなことがあるわけが・・・・」

「必要という意味では必要だな。どこにいても追いかけてくるといったのはそっちだ。それなら最初から近くにいた方が面倒がない。
それに何かあった時、私のパートナーに相応しい女性は君しかいなくてね。
今の仕事なら場所が変わっても支障はないだろう?」

アニーは大きく眉を寄せた。

現在の彼女はフリーのデザイナーだから確かに彼の言うとおりではあるのだが。

「それに・・・・」

理一郎はアニーを座らせると付け加える。

「もし私の頭になにか天変地異でも起こって、恋人として君を必要とした時、誰かにすでに持っていかれていたなどという間抜けな事はしたくない。」

「・・・・リイチロー、それって私をキープしておくって言っているようなものよ。」

「おや、意外だな。君はキープされてその状況に甘んじているような女性だったのか?」

挑戦的な台詞にアニーはさっと顔をあげた。

「わかったわ!一緒に行くわ、C国に。そして貴方を振り向かせてやるんだから!」

「・・・・好きにしろ。」

口元だけ笑って言う理一郎を睨み付けて、アニーはハンドバックを掴むと立ち上がった。

そして机の上に置いてあるピンクの封筒に目をとめると、くすっと小さく笑った。

「やっぱり私、結婚式には行かなくちゃ。」

「?」








「どうやったら追いかけている男性(ひと)を捕まえられるのか、つぶらに聞いてこなくちゃね♪」








―― これから忙しいわ、などと呟きながらカフェを去っていくアニーを見送りながら、すっかり冷めたコーヒーを1口すすって、理一郎はぽつりと呟いた。

「・・・・早まったか・・・・?」












                                         〜 終 〜






― あとがき ―
100%偽物黒峰でおおくりしました(^^;)
や〜、だって平行線のまんまじゃあんまりにもアニーがかわいそうな気がして。
ただゲイの彼がこういう気持ちになるのかは、謎です。
でも最終巻のコミックスの読み切りでは、なんとなく予感させるものがある気がしたので。
ああ、でもホントにアニーは幸せになってほしいです。
考えてみればつぶらより困難な恋だもんなあ。